
ファイアーエムブレムif二次創作小説
『執事、誕生』Part1
「何なんだ?この着にくそうな服は……」
カムイの住む城内の男性が使っている更衣室で、グレイは新しい職業の服装に着替えて居た。
あらかじめジョーカーにどう羽織るのか教えて貰っていたし、
手元には解説が丁寧に書き込まれた紙まである。
先ずはサラサラとしたシルクで出来た良質の長袖の白シャツを着るまでは
スムーズだった。ボタンをきちんと留めた所で襟元が酷くぎゅっと締まって窮屈だと襟に手をやると
裏側のカラーステイに当たる。カラーステイが何の役割を果たしているかと言うのを
知るのはまた後の話だ。
その後素足に靴下を履くのは、普段素足に草履の事が多いグレイにとって
違和感があったし、殆ど皺の無いきっちりとしたスラックスを履き、
その後シャツの上からウェストコートを着込んで胸元に白くひらひらとしたスカーフを巻き、
スカーフを赤の宝石をあしらったスカーフ止めで止めた辺りであまりの動き辛さに
顔が引き攣って行った。最後に後ろが燕尾服の形状になった黒の袖無しジャケットを着たら完成だ。
ジャケットの中にポケットチーフ(飾り用のハンカチ)を入れて置けと言われたが
そんな物は知るもんか、と入れずにいた。
最後に黒の革靴に足を通せば、バトラー(執事)の正式な服装をした自分がそこに居た。
部屋にしつらえられた大きな鏡をちらっと見やり、窮屈は窮屈だがなかなか様になっているなと一人ごちる。
「暗夜王国の職業は今までなった事が無いが、こりゃあ着慣れるまで大変だな。
どれ、飴の隠し場所はどうするか。」
室内のテーブルに置いている自作の甘い『べっ甲飴』をちらりと見ながら思案に暮れる。
幸い、ジャケットの裏側には隠しポケットが幾つもあり、上手く突っ込めそうでは
あるがもしかしたら戦闘の時の動きで割れたりしないだろうな?
と思う。これが忍者の着る和装なら飴の運び方も隠し方も、割れないように加減を加えた動きも
心得て居るのだが。
窮屈だ、着慣れないと心の中で悪態をつくグレイ。
だがグレイは、暗夜王国自体はそこまでキライと言う訳では無い。
文化や風習こそ違えど今は、暗夜の兵と白夜の兵は共に歩み寄り戦っているのだから。
薄いピンクと薄い赤の混じったような色の前髪を右手で掻き上げる。
「ま、最悪の場合布袋に詰め込んでもいいかもな。……さてと」
足元に無造作に置いてある武器に視線をやった。
それは、自分が扱った事のない異国の、暗夜王国の武器だ。
黒く鈍い色の鉄で出来たそれは、所謂暗器と呼ばれる物。
形状は、白夜王国の忍者が使うクナイに近く、クナイと違うのは
大きさの差に加えて片手で扇のように広げると真ん中の刃の両側に2本の刃がスライドして
出てくる所だ。
ジャグリングでもするかのようにその暗器を軽々と宙に放り投げ、落ちて来るのを
受け止め、使い心地を確かめる。
まぁ、クナイの大きい版だなと納得し、燕尾服の少し上の背中の裏部分にそれを隠すように仕舞い、
ストッパー付きのベルトでしっかりと固定されているか
触って確かめて居た。
そして、ふと更衣室の外で聞き耳を立てるように窺って居る二つの気配を
感じ取る。
「扉は、開いてるぜ?」
その二つの気配はグレイがよく知って居る物。
声をかけるとドアがゆっくりと開いて向こうから
さわやかなピンク色の髪をポニーテールにして、前髪を丸く段を付けて
切りそろえたメイド服の女性と、唐草模様の風呂敷を背負って商人風の身軽な
和装を纏った、銀に近い髪を緩く両側でツインテールにした
小柄で幼い風貌の少女が入って来るのだ。
「グレイ!早速執事の正装を見に来ましたよー?」
穏やかな顔付きのメイドの女性は、即ちグレイの母フェリシアである。
そして、もう一人の少女は従妹のミドリコだ。
「グレイ、私も来ちゃった!」
明るく朗らかな調子でミドリコが近づいて来た。
そしてグレイの黒と白を基調とした装いを観察するかのように
ぐるぐると周囲を回ってつぶさに見て居た。
「おいおい、別にそんな珍しくも無いだろ。ディーアだってバトラーでほぼ同じ服装だしな。」
「いえ!グレイは特別なんです。何といっても私の息子ですものっ」
にこにことした母を前にすると、何も反論出来ない。
グレイは、ぷいっと照れ隠しをするように軽くそっぽを向いてしまった。
「あぁっ!そうです。バトラー記念にブルーベリージャムタルトを焼いて来ますね?」
ぱん!と胸の前で軽く両手を打ち合わせると、フェリシアはそう言って踵を返し慌ただしく
歩き去っていく。
グレイは内心で『大丈夫か……?』と疑問に思いながらもその後ろ姿が扉向こうに消えるまで
チラ見して居た。
フェリシアは、何故か家事と料理が壊滅的に駄目なのだ。
ただ単に下手なのでは無く、何故か物凄いドジをやらかしては最終的に
失敗してしまうのであった。
料理等、出来て当然と豪語する父サイゾウと、菓子作りが得意なグレイが何時も尻拭いをする
羽目にはなるのだが。
去った後は、ミドリコと二人きりだ。女性相手だと対応がいまいち分からないグレイでも
ミドリコ相手には自然に振る舞える。
従妹と言うか実質妹のようなものだからだ。
「そうだ!ミドリコ」
「……ん?」
細長く綺麗な形の目を上へと向けて、ミドリコがグレイの次の言葉を待つ。
「今から、ちょっとだけこいつで試し斬りしたいんだが?」
こいつ、と言う所でスラリと背中から暗器を取り出し、にやっと不敵に笑って見せる。
「え、えーと。ノスフェラトゥを狩りに行くんだよね」
「そうだ」
「でもフェリシア伯母さんが、タルトを焼くって」
「母さんが、タルトを焼き終えるまでに戻ってくればバレないさ」
ミドリコはちょっとだけ迷った風に困り顔をして居たが、
二分後にこくん、と頷き。
こうして二人は、誰にも見つからないように注意をしながら拠点であるキャッスルを
出て秘境にある星の一つへと向かう事となった。
秘境は、キャッスル内部と時間の流れが違って居たり凶悪な化け物である
ノスフェラトゥが大繁殖していたりと色々と差異はあるが
グレイやミドリコにとっては住み慣れた故郷にも近い場所である。
今回来たのは鬱蒼とした針葉樹が広がる寂れた森だ。
「どれ、はぐれノスフェラトゥでも見繕って……」
「あっ、居るよ!?」