
アガレスト戦記Mariage
Ψ葛藤Ψ Part1
とある街、広い宿屋の一室。
勇者一行は、魔神との
邂逅を果たしてから人里に戻って来たばかりで
酷く疲れた体を休める為にここに来た。
いや、体ばかりでは無い。
魔神の精神への攻撃とも言えるあの口上の中の
言葉が勇者レインに重く圧し掛かっていた。
即ち『勇者と選ばれし乙女達は、魔神打倒システムに組み込まれた歯車の一つに過ぎない』
と。そしてそれを強いて居るのは紛れもなく、
彼らを導く女神イーリスだと。
その時勇者レインも、その仲間である「姫神の羽衣」を纏う三人の少女も
とっさの反論が出来なかった。言い方はともかく、その魔神の言葉には真実が
あったからだ。
(イーリス様がそんな風に勇者や乙女を見ておられる訳では無いのは分かっている。
だけど、俺は……)
何時もの堂々とした佇まいと、常に纏う覇気が消え失せてしまった状態で
レインは一人宿の個室へと俯きながら入ってドアを閉めた。
どんよりとしたその雰囲気を見た後、三人の乙女たち、
高位尼僧(プリエステス)のファルシア、
猫系獣人(ネオコロム)の薫華(クンカ)、踊り子にして高度な魔術の使い手、パニーニャは
食堂に移動し、そこで頭を突き合わせて三者三様に心配を口にする。
「レイン、大丈夫かにゃー。」
猫の耳と一番幼い風貌を持つサムライの薫華が
バイキング形式の食堂で自分のお皿に鶏のモモ肉を焼いた物を盛り付けて
それを前にテーブルの上で頬杖をついていた。
正面では、ファルシアがピンク色の柔らかな色合いの髪を微かに揺らし、気品を感じる
きっちりとした動作で小さなお皿の中に盛られた苺にフォークを突きさしながら
「レイン……」
心ここにあらずと言う風に呟き、
その後小さく可愛らしいため息をついた。
一方、普段明るい調子で皆をからかって遊ぶのが大好きな
パニーニャにしては珍しく、シリアスな表情でちらりと
レインの個室の方角を見て居た。
「食事にも来ないなんて変ねぇ?食べ盛りの男の子なのに……」
パニーニャの言葉通り、何時まで待ってもレインが食事に来る様子は無い。
すると、パタパタと一階のロビーから階段を駆け上がって来た緑髪をポニーテールにした
美しい女性がこちらへ近づく。背には柔らかい羽毛で覆われた翼。
その女性が有翼種族ハルピュイアである事を表していた。
そして一際目を引くのは、大きく露出した服装から覗く巨大な胸。
ゆさゆさ、と重そうに揺らしながら三人の少女の前まで来た。
そして指を頬に当てて首を傾げると
「あら~?レイン君の姿が見えないようだけど」
のんびりとした調子で。
そう言うと三人の乙女たちは、黙ったまま視線を下に落とした。
「まさか、レイン君。食べに来て無いの?あらあら大変~」
緑髪のハルピュイア、キュプラは
レインの為に、と真っ白なお皿を手に取りそこにフルーツサンドイッチを1切れ
乗せた。
生クリームに、新鮮なオレンジ、パイナップル等を挟んだそれは
食べやすそうでどんなに食欲が無くても
軽く摘まめる事だろう。
そして、ちらっと三人の乙女の方を見ると三人はうかない顔で
こちらを見て居たが視線を僅かに逸らしたり、もじもじと
何だか歯切れの悪い様子だ。
キュプラは同性だから以前観察して来た時から何となく三人の様子から
察する事がある。
レインに関して、三人は抜け駆けをする事をためらっている、
お互いに遠慮し合っている……と言うような雰囲気なのだ。
それはキュプラが勇者のパーティーに加わった時から
そうなのだ。
それはどうしてなのか、一度も聞いた事は無いけれど
彼女らがレインと一人だけ距離を縮めると言う事に何かためらいを
感じているのなら今この状況でレインに励ましの言葉をかけられるのは
自分しか居ない。否、正確にはドーズと言う女性型のロボット……
自立式爆弾人形(オートマインマーター)と自分では名乗っているから
人で無い事は確かだが、一応女性が居る。
しかし彼女は、多くの魔力を使い宿の一室で現在スリープモードに入って居た。
スリープして居る彼女の状態は正に、人形その物で知らぬ他の者が見れば
タダの置物のゴスロリ人形だと思うかもしれない。
とりあえず、レインの部屋へ行かなければとお皿を手に歩き出すと
ファルシアがこちらを見て居る視線に気が付く。
複雑そうな、何か言いたそうな、でも何も言えない顔。
どんなに鈍感でも分かる、勇者レインへの好意。
それでも一人他の者を差し置いてはファルシア達は
踏み込めないのだ。レインの近くには。
「じゃあ渡してくるから~」
04と番号札がかかれた、ドアを軽くノックすると
中からぼそぼそと青年の声が聞こえた。
「開いてるよ、どうぞ」
中は、照明が付いているものの薄暗くしてある。
「レイン君、大丈夫~?明かり、付けるわね?」
「……。」
魔力を燃料とする魔法のランプは、上部のボタンを一度押すだけで
明るさを調節出来る。
部屋が一気に明るくなりそしてレインは、
部屋にしつらえられたテーブルの前の簡易椅子に一人座っていた。
何時ものレインらしからぬ、落ち込んだ表情に赤く燃えるような髪も
心なしかパサパサになって居た。
「はい。これ。どうぞ」
キュプラは、心配はしている物の、極めて自然にテーブルの上に
フルーツサンドイッチの皿を置く。
「食べなきゃ、体に悪いわよ。ファルシアちゃんだって、薫華ちゃんだって
パニーニャちゃんだって……貴方の心配ばかりよ?
でも不思議とみんな、ここに来なかったけど。
みんなレイン君に遠慮しているのかしら?」
本当は、他の二人に遠慮しているのだと勘付いては居たが
それは言わなかった。
レインは何も言わず、そしてサンドイッチを一度見たが
それには手を伸ばさなかった。
(無理やり口に押し込んじゃおうかしら……?)
キュプラがそう考えた矢先、レインがのろのろと口を開けた。
◆続く◆