top of page
ウィンドウの上の植物

アガレスト戦記Mariage

Ψ葛藤Ψ Part2

「魔神の言に、完全にやられたよ。勇者の使命を疑い見失うなんて……俺は勇者失格だ。」

「えっ?」

「キュプラは魔神が言った言葉の本当の意味を知っているか?」

「魔神打倒システムに組み込まれた歯車ってやつかしら、えーと。
分からなかったわ。どう言う意味なの~?」

ゆっくりと、レインが顔を上げた。髪と同じ色のルビーのような瞳が
こちらを見て居る。
翳りはあるものの、それは良く見知ったレインの双眸だ。

「最初は、昔話からしようか。……俺は、両親の顔を知らない。知っているのは俺を引き取って育ててくれた
孤児院の院長先生と、養母の剣士だけだった。
そして俺は幼い頃から勇者としての力と心得を身に付ける為に
特別な教えを受け訓練を施されて来た」

「ご両親は死別……されたのかしら」

キュプラは、言いにくそうに気遣うようにそう言葉を紡いだ。

「勇者だけが扱える虹の剣、何時も携帯しているこれだ。これを持つには継承の儀式と言うのがあってな。
代々の勇者の家系は、その代で魔神を倒せなかった場合
姫神の羽衣に選ばれた乙女の内の一人を選び、
心を通わせ結婚し、次代の勇者である子供が生まれれば
その子が一歳になる誕生日に親のソウルの全てを子供に託す。
ソウルの全てを無くした人間の末路は知っているだろう?」

「ソウルの喪失、それは即ち……死……」

キュプラは瞬時に理解に至る。

(魔神打倒システム、それは勇者の一族と
羽衣の乙女たちを巻き込んだ壮大な継承システムなのね。
勇者と乙女は短命の内に人生を終わらせる覚悟をもって、次代で悲願の魔神討伐を果たせるよう
願いながら幼き子に力の全てを継承する……)


そして一つ引っかかるのは、勇者が乙女の一人を選び
婚姻すると言う事。それって、乙女以外の女性は恋の対象にもならないと
言う事?
何故か心の奥がズキン!と痛んだ。
次代の為に、力を渡す事で死を迎える勇者と乙女も
可哀想だけど、そして実の親の顔を知らず育つ子供も不憫な物だけど
恋愛の自由があまり無い事……
その時ふいに、先程のファルシア達が遠慮していた事を思い出した。
もしかしたら、乙女たちは自分から積極的に勇者と親密になる事を
戒めているのかも。選ぶのは勇者レインの側だ、と言うように。

勇者と乙女たちに課せられた使命、運命……そして呪いにも似たそれ。
勇者一族は、その枷からは逃れられないのだろう。
魔神打倒のその日までは。

「私にも分かったわ~、歯車の意味……重い使命を人知れず背負っていたのね。
でも……」

「キュプラ!歯車だと言われて疑問を持たない者が居ると思うか?
……都合の良い存在だと、言われて黙って居られるか?
俺は、イーリス様を疑う事は出来ないッ!だが、これから「勇者」として
振る舞い使命を果たす為に行動しても、魔神を自分の手で必ず倒せると言う保証は何処にも無い!
幾多の勇者が当然のようにソウルを犠牲にして来た。当たり前だと思っていた自分の在り方は
正しいのか?と今は……疑問を感じている。
こんな気持ちじゃもう旅を続ける事は出来ないんだよ」

レインは、言葉に力を入れる余りに何時の間にか椅子から立ち上がって
そして肩を僅かに震わせていた。
泣いているのか、とも思っていたが涙は見せてはいない。

ふいに愛しいような気持ちになってキュプラは、子供に接するような
柔らかな手つきでレインの腕に手を伸ばし置いて相手を落ち着かせると
あやすように言葉を紡ぐのだ。

「それでも、貴方は常に勇者であろうと自分を律して来たのでしょう?
自分の幸せは二の次で、人々を助けて戦ってきたのでしょう?
魔神の言葉一つで、その行動の全てが否定された訳では決して無いわ~。
貴方はこの世界を平和に導く勇者様なのだから。
例え、打倒を果たせなかったとしても何時か愛した人と
結婚して……それで子供の誕生を喜ぶ。
人間として生き、人間としての幸せを感じる。
それだけは、どんな者でも、例え魔神でも
邪魔は出来ない物よ~。
私は、レイン君に勇者として立ち直ってほしい。
また笑顔を見せて欲しい、そして……ファルシアちゃんたちや
私、ドーズちゃんを率いてリーダーとしてパーティーを纏めて欲しい。
だから……」

コンコン、と背後のドアがノックされる。

「あの、レイン……話がしたいのです」

ファルシアの声がしてレインはそちらの方へと視線を遣るのと
キュプラが振り向くのは同時だった。

「じゃあ私はこれで~、サンドイッチ、早く食べてね?」

そう言い残すと、キュプラは足早に外へと出る。
入れ違いとなったファルシアはキュプラに軽くお辞儀をすると
その後は中で二人で何か話しているようだった。

食堂に戻って来た、キュプラは
何処かぼうっとした顔をしていた。

何時ものキュプラらしく無いその態度は一息置くと、すっと消えて
平静な顔つきになり食堂でデザートのチョコバナナを食べて居る薫華と
その食べっぷりを感心したように眺めているパニーニャの前の椅子に
座る。

「レイン、何か言ってたのかなぁ?」
「キュプラ、その顔……勇者と乙女の義務について聞いて来たのね?」

「ええ、全て聞いて来たわ。一番悩んでいるのはレイン君よね~。
でもファルシアちゃんが話をしにいったからもう大丈夫じゃないかしら?」

何故か心がズキズキしたが、キュプラはそれに気が付かない振りをして居た。
あの二人はこの先上手く行くだろう、それは女の勘。
しかし、芽生え始めたこの想い、
レインへの気持ちの行場はどうなるのだろう。

真面目で実直で、何より勇者の誇りを持って使命に真正面から向かっていたレイン君。
しかし今先程見せた弱弱しい姿も、また彼の姿なのだ。
あんなにしょげている居るのを見ると何か守ってあげたい、自分が力になって
尽くしたいと言う感情が溢れて来る。

でもそれは……

気持ちを振り払うようにして、キュプラは遅めの食事として
新鮮で瑞々しいサラダと生ハムを取って来るとゆっくりと食べ始めた。


そして一年の月日の後、勇者一行は魔神の住む拠点で魔神エクリプスの
肉体を破壊する事に成功する。ただし、「肉体だけ」だ。
エクリプスの精神は、無事逃げおおせており完全なる根絶は叶わなかったが
この事により、世界は束の間の平穏を取り戻す……

キュプラの勘通り、勇者レインは結婚相手にファルシアを選び
またファルシアもかねてからレインに想いを寄せて居た事もあって
相思相愛でお似合いのカップルが誕生した。

束の間の幸せを象徴するように、盛大な結婚式が行われる。

「あやつら、幸せそうじゃのう。」

普段は毒舌で辛辣なドーズも何処か微笑むように白いウェディングドレスを来た
美しいファルシアを存分に祝福する、また新郎となる黒のタキシードと言う正装の
レインは少し照れたようにしていたが本当に嬉しそうだった。

「ふふっ、私はファルシアの恋をちゃんと応援していたわよ?」

ピンク色のチューリップの大きな花束を抱えてパニーニャは
祝いの席に来ていた。
薫華も元気一杯と言った様子でそれでも暴れずきちんと椅子に座っていた。

キュプラは、吹っ切れたかのように複雑な感情を表に出さず、何時ものように
ニコニコと笑顔でテキパキと司会をして居た。
式をとり行う為に、教会から呼ばれた神父、そしてレインの養母、ファルシアの居た修道院の
同僚の女性たち。
結婚式は、盛大な祝福と喜びの内に終わった。

その後、更に一年半の月日が流れ、レインとファルシアとの間に
元気な男の子が誕生した。

レインたちが住む家の部屋の中をカーテンで仕切って分娩室とし、
そこで産婆を呼んで来ておまけに、手伝いとしてキュプラも居た。

産婆が取り上げた赤子は、まだ全身赤いが産湯に浸かって綺麗になると
レイン譲りの赤い頭髪が少しだけ生えているのが見える。
きっと目が開くと、ファルシアと同じスカイブルーの瞳が見えるのだろう
と思う。

産婆から赤子を受け取った、キュプラは産褥で横たわっている
ファルシアの横へと座って赤子を見せる。そして赤子を隣へと並べるようにした。

「これが……私たちの……次の世代の勇者なのですね。」

満足そうに微笑むファルシアは、少しやつれて居たが
出産をやり遂げた達成感と、目の前の赤子の小さいが確かな存在を見て
感激している。

「レインを呼んで来て?」

間もなく隣室からレインが飛んで来ると、ファルシアを労うように
声をかけ、キュプラから赤子を渡してもらい抱き上げた。

その暖かくも幸せ一杯のレインとファルシアを見て居ると
キュプラも心がふわり、と暖かくなり何だか感動して泣きそうになった。

(そう、やっぱり私は勇者レイン君が好きだったのだわ~。
そしてその気持ちは今も持ち続けている。
でも愛は人から得るだけのモノじゃない。
レイン君と私の大切な友人のファルシアちゃんの束の間の幸せ。
それを願い見守る事も愛の形の一つだと分かったから。
それに)

「ふぎゃぁぁぁ」

と真っ赤な顔で泣く赤子は、やがてファルシアの乳を含まされると
直ぐに泣き止み一生懸命に吸い付いた。

(それにレイン君とファルシアちゃん亡き後は私が命を
かけて、この子を育て守るわ。そして最高にかっこよくて素晴らしい勇者様と
彼を助け護った羽衣の乙女たちの冒険譚を山程語って聞かせるの。
ふふふ~♪)

幸せの光景は、長くは続かないだろう。

それでも、そこには確かに希望があった。
これは、未来を紡ぎ未来に光を掲げる物語。


~終わり~

















AA-2: ようこそ!

©2019 by 蒼の都~スペシャルDays~. Proudly created with Wix.com

bottom of page