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大正もののけ異聞録

創作小説其の六  第一節
【鈴音、温泉に入るの巻】

世は大正の時代、天振勾玉(あまふりのまがたま)を
巡っての苛烈な戦いが人知れず行われていた。
それでもその戦いの開催は一定の周期毎にと定まっており
今は戦いの無いひと時、自由時間と言う事だろう。

ここは永乃の町から暫く北へと歩いた人の寄り付かない場所。
ずうっと以前から永久に雪が降る凍土の地。
人はその場所を「雪の森」と呼んでいた。
ひっきり無しに雪は降り、それはどんどん積もり地面にこんもりと山を作る。
地面だけでは無く、森を構成する木々にもぽつんと森の入口に
佇む元は山小屋であろう廃屋の屋根や扉にも
しんしんと雪は等しく降る。時折吹く風は酷く冷たく、肌を切り裂くようだ。

そこへ小さな体ながらもド派手な着物を纏った一人の猫耳に二股の猫尻尾の
少女がやって来る。
存在感のある鈴の音色を響かせながら。そして真っ直ぐに森の前の
寂れた小さな社の前まで行くと鳥居を潜り中に入りながら

「ここは何時来ても、人っ子一人居らんのじゃな。この社も、かつては繁栄し人々の
信仰の対象になっておった筈なのにこうも放ったらかしにされて…」

まるで、我らモノノケのようじゃ……と皆まで口には出さず鈴音は心の中で留めるだけに
しておいた。
どんなに栄華を誇っていても、時が流れればやがては人々の記憶から薄れ
忘れられ朽ちていくのだろう。どんな物でも、どんなに偉い者でも。

「ま、それが時代の流れ……と決めつけ諦めるのも悲しい話じゃ。クシュン!」

口を押え小さくクシャミをすれば、どんどん上から降って来る雪を恨めしそうに見上げた。

「どうもここは苦手な土地じゃな。永乃の屋敷の炬燵(こたつ)が恋しいのう。」

社に向かって手を合わせると、踵を返し来た道を戻る。
すると自分の部下であるモノノケでネコマタ一族の桜花(オウカ)
が真っ白の布を両手で持って向こうから迎えに来た。
猫耳に二股に分かれた尻尾は鈴音のそれとよく似ていたが
違う所はと言うと、顔や体が猫その物で二足歩行をする服を着た大きな化け猫のような感じの
外見である。

「鈴音様~、こんな所でずっと居ると風邪ひきますにゃ。」

桜花は、ブルブルと軽く体を震わせながらそう言うと

「これで雪水を拭き取ってくださいにゃ。」

鈴音の頭の上にふんわりと布をかぶせると頭の上に積もった雪を
優しく払う。そして髪の毛や着物にしみ込んだ雪水を軽く拭き取るのだった。

「おぉ、桜花は世話焼き猫じゃな。そうじゃ、今から温泉でも行くかの?」

これだけ冷え込んでいては暖かい場所、温かいお湯が恋しいと言う物。
特に猫のモノノケである2匹は、寒さにめっぽう弱いのだ。

「さ、さささ、賛成ですにゃー。」

ガチガチと奥歯を鳴らし、背中を丸めて寒さに耐えかねていた桜花は
目を輝かせてはその提案に飛びつくのであった。




6-1: ようこそ!

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