
大正もののけ異聞録
創作小説其の五 第一節
【シュテンと八雲編~商売繁盛!~の巻】
大正の世、小樽。
ここは、様々な物品が集まる商売人の街だ。
昼間、人々は忙しく立ち働き客はひっきりなしに
詰めかける、そんな街である。
小樽の反物屋で働いている八雲は、昼の休憩時間に
休憩がてら近くの倉庫へとぶらり立寄った。
いつもは無人のその場所は静かで落ち着ける場所である。
文字通り、倉庫として扱われているそこは古い樽や
木箱、雑貨、廃品等で溢れかえっている。
が、今日はひとりの先客が居た。
「おや~、お邪魔しています、なんだな。」
のんびりとしたその声は、何処かで聞き覚えがある声だ。
「あ、僕の方こそお邪魔しますよ。」
八雲はじっと相手を観察するように見た。
人間とは色の違う肌、頭には角、でっぷりと太った体型、
腰には大きな酒の瓶がくくりつけてある。
紛れもなくモノノケの一種である。
「えっと、シュテンさんでしたっけ?こんなところで何を?」
そう、彼の名前はシュテン。
酒と商売をこよなく愛する
穏やかな性格の鬼型のモノノケだ。
「オイラは今度自分の店を開くんだなー。その為の下見に来たんだな。」
「へぇ、店を!すごいですね。」
聞けばシュテンは店を開くと言う。
その様子を目を輝かせて聞く八雲。
しかし休憩の時間は既に過ぎようとしていた。
「僕、夕方仕事が終わったらまたここに来ます!
シュテンさんはどうするんですか?」
「オイラはここで居るー。アンタを待って、それからババ様の所に行くー。」
「じゃあ、ご一緒しますね。では、また。」
小さな、腰掛けるのに打ってつけな木箱の上にちょこんと
座りながらシュテンは、去っていく八雲を見送った。
小さな丸い目がぱちぱちと瞬く。
やがてとろんとした目つきになって春の陽気に誘われて
ぐっすりと眠りこけるシュテンであった。
「おい、起きろよ。でぶっちょ!」
げしっと身体に軽い衝撃が走ってはっと涎を零しながら
シュテンは目を覚ます。
「んー?」
半分寝ぼけた様子で首を上に持ち上げ、周囲を見回すと
目の前に小さな人間の子供が居るのが見えた。
「ここは、俺の秘密基地だぞ。勝手に入るなよ!」
子供は、相手が起きたと見て、偉そうに一人前の顔で
そう言った。
シュテンは、その様子を微笑ましく見つめながら
ゆっくりと腰をかがめて謝る。
「それはすまなかったー。この通りだー。許してな。」