
大正もののけ異聞録
創作小説 其の一 第一節
【鴨居俊祐と四季編 ~お掃除しましょう~の巻】
大正の世、松元。
名和手横丁と呼ばれる其処には一軒の古書店が
あった。
その店を営むのは一人の赤毛の青年。
眼鏡をかけて、着物の上から西洋のコートを羽織り、
粋な出で立ちである。
今日は、朝の十時から店を開けて早三時間が経つ。
今日も今日とてぺらり、ぺらりと店の書物をめくりながら
のんびりとした時間を過ごす。
要するに閑古鳥が鳴いている、という訳である。
先程、奥の部屋で昼食を済ませて少々、眠気がある。
然し商売は商売、ここはぐっと堪えて客が来るのを待つ。
昨日は客が来なかった。一昨日もだ。
だが、今日は来ないという理屈は無い。
真冬の気候とあってか戸板がかたかたと細かく風で鳴る。
その音が聞こえているのか、いないのか
微動だにせずに、店の中で本を読み進める青年。
名を鴨居俊祐(かもいしゅんすけ)と言った。
時計が、既に二時を指し示そうかと言う時
からり、と玄関の戸板が開いて一人の女性が店の中へと
入ってくる。
巫女装束を身に纏い、艶やかな黒髪を長く伸ばした女性、
その顔には見覚えがある。
百鬼夜行…と呼ばれる戦いで対戦相手となり戦い合う
好敵手(ライバル)の女性だ。
百鬼夜行とは、分かり易く言うと、血の契約者同士の戦いである。
血の契約者とは即ち、天振勾玉(あまふりのまがたま)
を巡って争う戦いに身を投じる
決意をした者。
「もののけ」と呼ばれる異形の者達を従えて戦いに赴いている。
鴨居は養父を殺した
鬼眼という鬼人を倒す為に力欲していた。
「鴨居さん、近くまで来たので遊びに来ましたよ。」
来訪者が来たと言うのに、本のページから顔をあげようとも
しない鴨居にその女性は明るくそう声を掛けた。
巫女の装束、女性は諏訪大社で勤める巫女なのだ。
名を、真奈井四季と言う。
「鴨居さんの店は初めて来たけれど…。」
四季はきょろきょろと辺り見回し、言葉を言いかけて
一旦止めた。
その視線は、本棚の方へ向き、そして店の奥へと流れる。
「…汚いですね!お掃除しちゃいましょうか!?」
行き成りの話の展開に、鴨居はつ、と本から目を上げると
あまり興味なさそうに呟いた。
「…そうか?俺は気にならんが。」
「汚すぎですよ、ほら。あっちにもこっちにも埃が溜まっています!
雑巾とハタキ、水桶はありますか?」
早くも袖をめくって掃除をする体勢に入った四季に対して、
鴨居は面食らったようにニ、三度目を瞬かせた。