
大正もののけ異聞録
創作小説 其の一 第二節
【鴨居俊祐と四季編~お掃除しましょう~の巻】
「ほら、鴨居さんも手伝ってください。」
「俺は…いい。正直掃除とか良く分からんからな。」
「良く分からん…って今までお掃除した事ないんですか?」
「…ああ。」
鴨居の言葉に、四季は眉尻を釣り上げると
頬をぷくっと膨らませて言った。
「お掃除は日々の生活の中で大切な物です。
気持ちよく、毎日を過ごす為に…
店に入った人の印象を良くする為にもです。」
ハタキで本棚を叩くとぶわっと積もっていた
埃が舞飛ぶ。
風通しを良くする為に、店内の窓をがらりと開け放ちながら
四季が鴨居に問い掛ける。
「ここら辺の本は汚すぎて売り物にならないでしょう?
思い切って捨てちゃいましょう!」
四季の白い手が古びた本数冊に伸びる。
「あのな、それは勘弁してくれ。」
「いえ、掃除の基本は捨てる勇気です!
要らないと思えば小まめに捨てる、その積み重ねが
綺麗な空間を生み出すんです!」
「……。」
鴨居はその言葉を聞くとそれ以上は何も言わずに
四季がてきぱきと掃除するのをただ、
黙って見ているのみだった。
最早、口出しをするというレベルでは無い。
それ程までに掃除に熱心な四季の情熱に負けたの
かもしれない。
四季は一通り棚の本を捨てる準備をすると店の
奥へと足を踏み込む。
そこにも、古びた本が山程本棚に詰め込まれている。
その一角にこれまた手垢で汚れた本がずらっと並んでおり、
それをいざ捨てようと手を伸ばした四季の手がふと止まる。
そのコーナーに置かれているのは「春画」と言う
奴で、男性客には絶大な人気を誇る、所謂大人
の為の雑誌であった。
少し顔を赤らめてその本を手に取ると
また頬をぷくっと膨らませて
「これも全部処分です。」
と言い切る容赦の無い四季だった。
さて、小一時間程経った頃合だろうか。
本棚はスカスカになり、あれ程積もっていた埃やゴミは
綺麗に片付けられた。
「…売り物が半分になってしまった。」
眼鏡の奥の目をしぱしぱと瞬かせて
呆れたようにそう呟く鴨居。
その一方で四季は『やり遂げた!』と言うような
満足そうな顔で最後の棚を拭いた雑巾を水桶の中
で絞っていた。
「じゃあ時々見に来るので、お掃除を怠っては
いけませんよ。」
四季が去った後は台風一過、また元通り静かになった
古書店の中で、鴨居は一人静かに本に目を落とす。
「……。」
そして瞬く間に本の内容に夢中になる。
それが鴨居と言う男の日常だった。
本に始まり、本に終わる…古書店屋の毎日は
かくして和やかに過ぎていくのだった。
綺麗に片付いた店内を見て、今度来た客は驚くだろうな、
と心の片隅でふと思いながら辺りを見ると既に外は薄暗く
めでたく店仕舞いの時間となった。
~終~