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ペルソナ罪~Innocent Sin~

■狂乱の宴■

窓には鉄格子、日中で光は明るく差し込んでいても
基本的には電気を付けなければ薄暗い病室。
そこで一人のボサボサと髪と髭を伸ばし放題に伸ばした虚ろな目をした
男がベッドに腰掛けてぶつぶつと何やら呟いて居た。

ここは蝸牛山、地元の人はカラコルと呼ぶ昼尚、
鬱蒼とした森の奥深くに
ある精神病院である。
閉鎖病棟、特に精神を深く病んだ病人を
幽閉、と言う形で隔離する施設である。


十年と言う長きに渡る病棟での生活は、この男……須藤竜也を
醜く老いさせた。二十代後半にして髪には
白い物が多数混じり老人かと見間違う程。顔半分には、酷い火傷の痕跡。
着ている物はよれよれの患者用の白い服、目の下の隈と口元に刻まれた
深い皺、足元にはベージュのスリッパを履いて
ただ、ただひたすらこの病室で呪詛の言葉を吐いていた。

全ては、十年前……竜也の異常な行動を疎んじた父から
半ば絶縁される形でこの病院に放り込まれた。
幼い頃からエリートの両親から、将来は国立大学に入り弁護士か医者になれ
と尻を叩かれ詰め込み学習で、高校の時は昼は授業の合間に単語帳を
めくりながら必死に暗記をし、家に戻ってからは家庭教師と共に
自室で学習をする毎日であった。

その日々が竜也を徐々に狂わせた。
元来、勉強と言うのはフラストレーションとストレスが溜まる物だ。
通常の生徒ならば、適度に息を抜き、また友人や家族と
会話をする事により上手くガスを抜く物だが……
真面目な竜也は親の期待に応えようと外面は期待に沿うように
頑張って居た。上手く人と交流は出来ない性格であったが
それでも表面上は常人として暮らして居た。
しかし限界が来てしまった。

徐々に、外からは見えない『心』が、
蝕まれて行きそしてそれに誰も気が付かなかった。


気づけば、町外れの無人の民家にこっそり放火をして居た。
ライターを使って、集めておいた枯草に火をつける。
乾いた草を起点として民家を構成する建材は面白いように燃え広がった。
赤く残酷に燃える炎は美しく、そして心に溜まって居た
澱がすっきりと霧散して行くのだ。

食い入るように、炎を眺め暫くその場を動けなかった。
しかし出火した事への通報と目撃者が居た事もありあっけなく竜也は
犯罪者として警察へと引き渡された。

彼を迎えに来た保護者は、地元の『県議会議員』としての
肩書きを持つ父須藤竜蔵だ。
何故か警察では、あまり詮索されずに家にすぐに戻れる事となった。

高校生活は、楽しい事も少しはあったが他に何かを見つける事も出来ず密かに
放火に喜びを見出して居た。
何度も繰り返し放火をし……最後に手痛いしっぺ返しをくらって
自らの顔面に火傷を負うまで、表の世界……病院の外の世界を
それなりに謳歌していたのだ。

「ちくしょォーーーー!あいつのでせいで。
あいつのでせいで。あいつのでせいで。あいつのでせいで。あいつのでせいで。
クソガキがよォーーーーー!」

そして『精神分裂病(現在の統合失調症)』と診断され
専用の薬の投与され続け、幻聴と幻覚こそほぼ収まったかに見えたが時折
病室で暴れまわる為、病院の中でも腫れ物を扱うようにして
隔離されている。

処方された薬の入った白い袋が乱雑に、ベッドの脇に散らばっており
血走った目で何度も何度も独り言を言い続ける。

濁った眼に映るのは真っ白い筈の壁。
壁には己が赤と黒の水性ペンで書きなぐった文字と
大きく見開かれた瞳のような絵文字がある。

『空に瞬く昴の星に 止まった刻は動き出す……』

『贖罪の迎え火は天を照らし……』

とかろうじて文字と判別出来る程の書き殴りだが、

「電波、電波、電波電波電波電波電波電波電波電波電波ァ!
何故、聞こえてこないッ!このクソ忌々しいヤクのせいか。
このォーーーー!」

白い袋を壁に放り投げて、壁も割れよと袋ごと足で蹴り出す。

たちまち、鍵のかけられた病室の外で看護師のザワつく気配がする。
監視カメラで『見られている』のだ。

「見て居るンだろ、そこで見てるんだろうがーーーー!
そんなに面白いか、この偽善者共がァ!」

薬である程度コントロールされているとは言え、成人男性の
体力はかなりある。

ひととおり、体力を消費してしまえば、その後は死んだように眠る事

も出来るのだが……。

ひたすら暴れて、それでも看護師達が来ないのを見れば
部屋から飛び出し逃げる事も出来ず
息を切らしてその後に水性ペンを持ち、頭に浮かんだ文字を
壁に書き殴る。最早書く場所も無いそこに、

『 JOKER』


と言う奇妙な英単語が混ざる。

ぴたり、と竜也は手を止め訝し気にそれを見つめる。
何だ、トランプのジョーカーか?

何時もの『電波』では無い……何か予兆めいたその単語を目を瞬かせて見やる。

赤ペンで書いたその文字は徐々にその形を変え、大きな唇の形になる。
口元を釣り上げた笑みの形になったそれを見てぎょっと目を見開いた。

「お前、誰なんだ!どうして口だけなんだよォ!!?」

唾を飛ばして幻覚かどうかも定かではないそれに指を突きつけ
問い正す。

「何処に居るのか、はっきり言ってみろよォ!壁の中か!?おい、言えよォ!」

しまいにはドンドン!と壁に拳をぶつけて取り乱して居た。

『……汝が後ろに』

その存在は、気配も無く後ろに立って居た。
黒と黄色で縁取られた大きな仮面。その仮面はツタンカーメンマスクを想起させる。
真っ白の学ラン風の服装には薔薇模様の刺繍がしてあった。
男性にしては小柄な、女性にしては背の高い、華奢な体付き。

仮面の奥のくぐもった声では性別のどちらかは判別し難い。
だが、その姿は紛れも無く目を引く物であった。

「……ッ!?」

さしもの竜也も勢いに飲まれたように黙り込んで、振り返ったその姿勢のまま
固まって居た。

『我は、JOKER。夢に破れし汝が引いた、最後の切り札……。
汝は我に何を願う?』

「けッ!そんなの分かっている……事だろうが。
俺をこんな風にした親父と……

あのガキと女!それと全ての世界に復讐をだァーーーーーー!」

絶叫する竜也、途端にガタン!と病室の鍵が開かれ数名の男性の
看護師が駆けつけて来る。

そして竜也を取り押さえてベッドに縛り付けようとした矢先……

その場に居た異質な存在、仮面の白服の怪人JOKERを見つけて空気が凍った。
監視カメラにすら映らない存在……恐怖した。

JOKERは、冷静な態度のままにすっと指を捻るとそこに古びたライターを出現させる。

『これで汝の最初の望みが叶う。出たいのだろう?ここから』

何故か自然に恭しくそれを受け取ると、ギラギラと竜也の瞳が狂気の色に染まり始める。

「そうだァ!先ずは手始めにこいつらから火にくべてやる。
神聖な儀式が始まるんだよォーーーーー!来た来た、

来やがったーーーーーッ。
電波、電波電波電波電波電波電波電波電波ーーーーァ!」

ライターを押すと炎は出ずに、何かゆらゆらとした黒い塊が飛び出す。
それは大きな黒い炎を纏った犬だ!

「うわァー!!!?下がって警察を呼べ!?」

慌てて部屋から退出しようとした看護師の喉笛に犬が噛みつくと首元が燃え始め
辺りに人体と髪の毛の焦げる匂いが、充満する。
そしてボウボウと火柱をあげて人間が、燃えながら炎の中で苦しみもがく。
これは、通常の火では無い。
例えるなら……

「……悪魔の力かよォ!おらァーーーーーーー!」

気が付くと部屋中が炎だらけになっていた。
部屋の扉近くで看護師三名が、炎を纏って炭になりかけて居た。
その中で竜也は、炎に包まれて居る筈なのに少しも焼けても居ない。
そしてJOKERの服や仮面にも火の粉はかかっていない。

黒犬の形をした炎……悪魔が次の命令を待つように、竜也の足元で座って居た。

「ヒ、ヒャハ!ヒィーッハッハッハッハハッハッハッハ!これで俺の……俺の思い通りだァーーーー!」

その次の日、珠閒瑠市にある森本病院で謎の火災があり建物が全焼し、周辺の森の一部が焼けたと
新聞は報道した……。

医師と看護師、患者合わせて

三十数名が死亡した。





<終わり>


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