
サガフロンティア2
†ファイアブランドの悲劇†
ファイアブランドを継承する儀式……
それはフィニーの王族に課せられた使命とも言えよう。
民は待ち望んでいた。ファイアブランドに祝福された
正当たる王の誕生を。
ファイアブランドは、古代種族が作り後世に残したクヴェル――
魔法力を取り出す媒体として
非常に優秀な古代遺物である。
この剣を継承する者は、フィニー王国を統治するに相応しい器としてクヴェルの制御技能を
示さなければならない。このファイアブランドはクヴェルの中でも厄介な物で非常に制御が難しく
免疫が無い大人が持てば宿る炎の力に飲み込まれことごとくその身を焼き尽くされるのである。
比較的アニマの力の弱い子供の時に免疫を付ける為に持つ事が儀式の本来の
目的である、と同時にファイアブランドへの免疫を一度持った子供は大人になった以後もファイアブランドを
クヴェルとして操れるようになると言う事なのだ。
フィリップの兄、ギュスターヴ13世は
幼い頃この儀式に挑み、そして失敗した。
その後ギュスターヴ13世はと言うと<完全なる術不能者><アニマを持たない不具者>として
罵られ虐げられ母親共々国外追放の憂き目に遭った。
兄と同じくフィニー家の正当な血筋である
フィリップもその複雑な生い立ちから、子供の時に継承の儀を
行う事が出来ず成人してからの儀式は、当然の如く失敗に
終わり大火傷を負う事になる。その傷はある程度術の力で癒えた物の
手を動かすのに時々指が引き攣ると言う後遺症を残す程の深さであった。
それから月日は過ぎ――
今フィリップの息子フィリップ2世が
再び、テルムの城でファイアブランドの
継承儀式に挑もうとしていた。
「落ち着いてやれば問題は無いぞ。フィリップ」
事前に控え室で愛息子にそう声を掛ける。
フィリップ2世は今年で7歳になる利発な
男の子である。
父の言葉にこくり、素直に頷くと
背筋を正して儀式の間へと赴くのだ。
儀式の間に入る直前、そこでは
伯父のギュスターヴ公が待っていた。
「何も心配する事はない。私達が付いている」
ギュスターヴは、そう声を掛けると
フィリップとフィリップ2世を見守るように
して暖かな眼差しを向けるのだった。
そして悲劇が幕を開ける…。
儀式の間――そこでは非常に神聖な空気が流れていた。
フィリップ2世は、数人の儀式関係者が見守る中
剣に手を伸ばし静かに
祈りを捧げるかのように目を瞑り
そのまま剣を上へと
掲げて見せた。
フィリップ2世のアニマに感応した
ファイアブランドは、赤く柔らかな光を放っていた。
2世は、剣を元の位置へと戻すと
成功の喜びを湛えた顔で側に居た父を見上げる。
ファイアブランドの儀式は成功した!
かのように思えた。
「死 ね !!!」
突然、しゅっと横切る黒い影。
次の瞬間フィリップ2世の喉元から吃驚するほどの
血飛沫が上がり彼はたまらず床に倒れてしまう。
あっという間の出来事だった。
黒い影の正体は、兵士の鎧に身を包んだ
暗殺者風貌。
手にはぬらぬらと鮮やかな血で染まった短剣を
持ち――
「何をするか!誰の指図だ!誰に頼まれてやった!」
場の異変にいち早く気がつき儀式の間の中へと
駆け込んできた
ギュスターヴ公は、暗殺者の男に血相を変えて
詰め寄ろうとする。手には護身用の鋼で出来た小剣を構えて。
その間、フィリップは放心したかのように息子が
冷たくなって行く様子を見ていた。
その瞳は景色を写さず、ただフィリップ2世が
事切れる様を信じられないと言う風に
眺めていた。
「な、何が――起きたんだ。フィリップ……何故倒れている?」
その瞳は徐々に曇り、涙すら湧かぬと言う風に大きく見開き肩を細かく震わせていた。
暗殺者風貌は、にやりとその口を歪めるとギュスターヴの
方へと
向き直り
「くくっ、何をおっしゃいますか。ギュスターヴ様。
全て貴方様のご計画の通りですよ?」
さもギュスターヴが全ての元凶だと言わんばかりの
口調でそう告げる。
「でたらめを言うなよ。本当の事を白状しろ!」
尚も詰め寄り、ギュスターヴは声を荒げてそう叫ぶ!
その間、フィリップは迅速に次の行動を起こしていた。
「ああああああああああああっ!!」
「フィリップ止めろ――!アニマを食われるぞ」
即ち、すぐ側にあるファイアブランドを掴むと
怒りに任せてそれにアニマを込め暗殺者に向かって
振り下ろしたのだ。
ファイアブランドは、怒りと悲しみのアニマを込められ
一際赤く激しく燃え盛る!
その刃が暗殺者に触れるとすぐさまその身を炎に包み込む。
そしてその炎はフィリップの身にも降りかかり……
「フィリップ、止めろーーー!!」
しかし、時既に遅く炎に包まれたフィリップは
瞬時に炎を身に纏わせた中型の紅きドラゴンへと
その身を変じさせるのだ。
暴走したファイアブランドに取り込まれ哀れ自我を無くし
一匹のモンスターと成り果てた。
フィリップだったそれは息子の死体を見て
悲しそうに一声鳴くと死体を爪で大事そうに抱えて
窓を割り空へと飛び上がる。
その一連の光景をギュスターヴはただ見ているばかりだった。
そしてそのまま膝を地面に付くと
心の内の慟哭を吐き出すのだった。
「フィリップ――何故だ。何故、こんな事になったんだ!!
誰か教えてくれー!」
その後の少なくとも数日間はテルム城内は上を下への大騒ぎだった。
それは無理もなく、次期後継者どころかフィニー王家の優秀たる
フィリップすら失ったのだから。
王城の一室では、ギュスターヴ公が様々な手続きに追われていた。
先ず早急に行わなければならない事は、フィリップ達の葬儀。
そして真の首謀者が誰なのか情報を集める事である。
「――……」
たったの一日でげっそりとやつれたようになってしまったギュスターヴ公に
何時もの堂々たる貫録は無い。
かつてフィリップは兄である自分を恨み憎んでいた。
己が術不能者として母と共に追放された事で結果的に幼いフィリップから母を奪ってしまっていたのだ。
だが、数年後奇しくも亡き母のアニマを自分に見たフィリップと和解を
果たす事が出来た。同じ両親から生まれた兄弟故に、ギュスターヴはわだかまりを解いてくれた事を
心の底から喜んでいた。
その矢先の事件である……、表向きは
『フィリップは2世を守ろうとしたが、卑劣な闖入者の凶刃に2世諸共倒れた』
と言う事にしてあるが真実を知っている数人の儀式関係者と自分にとっては
フィリップのモンスター化は重き現実である。
ふう、と重く深いため息を吐くとギュスターヴは控えの部下を呼び、
しっかりとした声色でこう告げた。
「徹底的に、可能性のある者を洗え。何としてでも暗殺の犯人を見つけ根絶やしにするのだ!」
その後、更に二日が経過しその間にフィリップとフィリップ2世の盛大な葬儀が開かれた。
参列者は皆一様に涙を流し彼らの死を悼んだ。特にまだ幼かったフィリップ2世の棺には
山のような花が捧げられ多くの人が
別れの言葉を掛けていた。
しかし国民には真実は、知らされては居ない。
フィリップ達の棺の中には何も入って居ないと言う事を。
一匹のドラゴンとなったフィリップは今頃何処を彷徨っているのだろうか?
遺骸となりドラゴンと共に失踪したフィリップ2世も気にかかる。
だが、それを知る術は無くただ空っぽの2つの棺だけが王家の墓地へと静かに運ばれて行く……。
その日空は曇り、暗鬱な灰色の雲が広がっていた。それはギュスターヴや民の心の色を
表して居るのかもしれなかった。
End