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アガレスト戦記Mariage


アガレスト戦記Mariage 二次創作小説
Ψ一人じゃないΨ

ぽつり、ぽつりと最初に密やかに遠慮がちに落ちて来た水滴は
やがて糸のような細い雨になる。
人の誰も居ない、小さな公園に東国の侍装束を着た少女が
俯いて立って居る。
深い茶色の束ねた髪はぐっしょりと雨で濡れ、装束は雨で下の肌が透けて見え
体に張り付くようになって居た。

こげ茶色の髪を頭の高い所で結わえて居たが、その髪の毛も雨を含んで
重くなり毛先が頬に張り付く。

(寒い……)

彼女の名前は彩華。ヤマトと呼ばれる文化の中で育ち
今は姫神の乙女の内の一人として、世界を救うべく奔走している
女勇者と旅を続けて居た、しかし……。

ふとした小さなきっかけで心の中が暗く濁ってしまい、
こうして雨の中一人宿を飛び出して来たのである。

それは、ほんの少しの意識のズレ。言葉のかけ違い。
同じく姫神の一人である、活発な少女ジオレットが
自分に突っかかって来たのだ。

『君は、何時も急かすばかりでパーティーのみんなに、
勇者様に歩調を合わせようとしない!それって問題行動だよ』

正論かもしれなかったがそれ故にかちん!と来て言い返した。

『そんな事はありません、大体そうやって甘やかすから……』

『じゃあなんで何時も私達と距離を置いているの?』

『それは……』

途端に言い返せなくなった。押し黙った自分が、酷く虚ろに思えた。
勇者一行の中でも浮いた存在……それは自覚して居たけれど……
はっきり言われてしまうと反論も言い訳も出来ず、悔しい思いだけが
降り積もってジオレットと掴み合いの喧嘩になってしまう。
その時吹っ飛ばされ、床にうつ伏せにぶつかり
駆けつけた勇者にも失態を見せたのだ。

ただ、恥ずかしくて。ただ、憤って踵を返し宿を一人出て来てしまった。
初めて訪れる街路の地形は当然把握している筈も無く、
何時の間にか迷い込んだ公園で茫然として居ると突然の雨降りだ。

(本当は……本当は追いかけて来て欲しい……けど……)

冬から春に移り変わる頃合い、大分空気が温くなって来たとは言え
防寒具無しで雨の中に立って居ると体の芯まで冷え込んで来る。
自分から宿に戻るつもりは無かった。
ただ、誰かが追いかけて連れ戻してくれるのを淡く願って居た。

「……い。おーい……!」

背後から聞き覚えのある声。
えっ、と顔を上げて彩華は振り向いた。
そこには目が覚めるような赤い髪に緑色の瞳を持つ少女、勇者シエラが居た。
特殊な葉っぱで出来た傘をさして。

「シエラ」

「もうっ、彩華。こんな所に居ると風邪ひくよ!ジオレットも心配してたし……」

ジオレットと言う単語を聞くと、途端にむすっとした顔つきになる彩華。

「……戻りません!何故、追いかけて来たんですか」

心の中に湧き上がる安堵とは裏腹に捻くれた口を聞いてしまう。


「シエラも見たでしょう、私の耳……」

「へ?」

「この、耳の事ですッ!」

彩華は、手を髪の毛へやると揉み上げの部分の髪を僅かにどける。
髪に見えている部分は、実は兎のように長く伸びた獣の耳で
その下に人間の耳が……。

「見たけれどそれがどうかしたの?」

心底分からないと言う風にシエラは首を傾げ、と同時に歩を進め
近づき傘を差し出した。自分は雨に濡れても、彩華は雨に当たらせまい、と。

「見られたく無かった。私が人と上手く接する事が出来ない……
避けてしまうのはこれのせいですから!」

「……ええっ!?」

ネオコロム、と言う種族がこの世界には居る。
特徴的な耳と尻尾、獣並みの抜群の運動神経、嗅覚視覚を持つ亜人だ。
二足歩行の獣人と言い換えても良い。

人間と兎型のネオコロムの間に生まれたのが、彩華だ。
特殊な事情で生まれ、間もなく母と死に別れ父に捨てられた。

尻尾こそ目立たなかった物の四つ耳の化け物として
小さい頃から色んな人間から虐められて来たのだ。

「私の名前は、彩華じゃないんです……。災いと書いて災禍と呼ばれて居たんです……」

実の父が自分の頬を鋭く叩きながら災禍!と怒鳴る。
人間の子供に石をぶつけられ、化け物!と罵られる。

その時の記憶が蘇り、ぶるりと体を子供のように震わせていつの間にか
嗚咽して居た。

「……事情は分からないけれど、彩華は何か忘れて居ない?
尻尾や耳こそ無いけれどあたしのママもネオコロムだったんだよ?」

緑のころんとした目で真っ直ぐに見つめて来るシエラ。
そう言えば、シエラの父は人間種族の勇者。
そして母は先代の姫神の乙女、薫華
だった……。
薫華は彩華の姉弟子であり、お互いに良く知って居た。

「で、でも……シエラはっ……!ぐすっ。私のような異形では
無いじゃないですか……ひっく」

泣きながら彩華は、睨み付けた。自分のようにネオコロムの特徴が表に出て来て居ない、
普通の人が見れば人間種族と何ら変わらない、シエラの姿。

突然、傘を持っていない方の手でシエラが軽く彩華の頬を叩いた。

「馬鹿っ!異形じゃないよ。自分や自分の親の事をそんな風に言うなんて……!」

「……ッ!」

驚いた風に彩華は目を見開くと自分より僅かに背の低いシエラの肩口に顔を押し付けるようにして
抱きつきうわぁぁっと大粒の涙を溢れさせる。

異形じゃない、異形じゃない。
私は異形の子供なんかじゃない……!

それはずっと昔から聞きたかった言葉だ。
こうもすんなりと『赦し』が貰えたのは、本当に嬉しくて、
ぼろぼろと溢れ出る涙が止まらなかった。

その頭の方に片腕を回し抱きとめる形でシエラがぽんぽんと軽くあやす様に
手を動かした。

「落ち着いたら、宿に戻ろう?話は、幾らでも聞くからさ」

「……ッ!本当にッ……聞いてくれますね?」

「あははっ、勇者に二言は無いよ。ほら、涙を拭いて」

「ううっ……」

シエラは背中に優しく腕を伸ばし、しっかりと傘を引き寄せ
一つの傘の中で少女二人が収まる。

(この感覚は、薫華姉さま……)

今は亡き、姉弟子が纏う空気と全く同じ物が勇者シエラから溢れ出ていた。
酷く、落ち着く。
酷く、懐かしい……。
とても優しい……。

そして真近くで緑色のその瞳を見て居ると、深い安心感が
彩華の中で暖かく穏やかな波が砂浜にゆっくりと打ち寄せるように
迫って来るのだった。

(暖かい……)

空気は冷たくても、雨は厳しく降ろうとも……

その日から彩華は少しずつ、仲間達と打ち解けるようになったのだ。


~終わり~

AA-3: ようこそ!

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