top of page

ヴィーナス&ブレイブス~魔女と女神と滅びの予言~

Part6【円環から外れた者達】

首を掻き切っても死ぬ事は無い、腕の根元を大きく斬って失血死を狙っても
翌日には何事も無く完治して居る。
何時しか彼は不死身の化け物、として死神のブラッドと呼ばれて居た。
そして、別の名前で『戦場の鬼神』『惨劇のディアボロス』とも。

その通り名を否定もせず、ブラッドは黙って一人で生き続けて居た。
幾人もの戦友があっという間に通り過ぎる。彼らの生命には限りがあるのだ。
それに比べ、ブラッドは不死と不老の身体を持つ。

「♪研げよ研げ研げ、雨の日は。錆を寄せるな、曇りを生むな…♪」

低く落ち着いた声でブラッドは雨の歌を口ずさんで居た。
王都ヴァレイでブラッド達が拠点にして居る石造りの建物には
幾つも窓がある。窓は僅かに開かれており、細かい雨粒が時折
さーっと部屋へと吹き込んで来るのだ。それは細かい霧状で
初春めいた今の時期は心地良いぐらいの温度だった。

床に胡坐をかいた状態でイクサス騎士団団長ブラッド=ボアルは
記憶を辿りながら思いを馳せて居る。

女神アリアが初めて姿を現した日の事。
そしてその時にブラッドは、予言書の存在を知る。

アリアは一見すると美しく若い女性だが、その神秘的な
力は流石は精霊族、人間と一線を画して居た。
アリアの言う事は、常に正しい。
だが正しくはあっても最良では無い。
時には冷徹に予言の内容を言い放ち、滅びを阻止する為に
効率のみを優先する強行姿勢だったが
何時しかアリアは変わって行った。
ブラッドが苦しみ、悩み、人として大きく成長して行ったように彼女もまた
人の心に触れ、それに寄り添うように徐々に変わって行ったのだ。

透き通った茶色のストレートヘアは、何時もとても良い香りがする。
何度かその髪の毛に顔を埋めたいような衝動が湧き起こった事もあるが
基本的に恋愛感情には疎いブラッドが、アリアに対して
好意めいた行動を取る事は無かった。
だが、無意識下でどんどん女神アリアに惹かれて行くのが分かった。

最初の高飛車で取り澄ました態度のアリアが、がらりと変わり今は人間の立場に立ち、
世界の存亡に心を砕き、ブラッドを一生懸命に支えてくれて居る。

そう、70年間もだ。
ブラッドは不老不死、女神も同じく。
幾ら親密になっても、文字通り通り過ぎて行く仲間達とは違い
外見が変わらぬまま、年を取らないままアリアは居てくれる。
おそらく、これから先も。

そんな事を考えていると、背後の扉から誰かが入って来る。

ブラッドは振り返らず、静かに言い放った。

「ヴィヴィ…か?久しぶりだな」

背後にそっと忍び寄って来て居たのは、魔女の紫の帽子に
露出度の高い紫の衣装に身を包んだ、ヴィヴィと言う名前の女性だ。

「ブラッド!気配だけで察知するとは流石だね」

「長い付き合いだからな、今日は何の用だ?」

ブラッドは、少し笑みながら振り返り座った状態のままでヴィヴィを見上げた。
ヴィヴィは、何時もの妖艶な風貌に少し笑みを混ぜた風な顔つきで居たが
部屋にしつらえてある椅子に座り、短いスカートの間から覗く太腿を見せつけるように
高く足を組んでブラッドへと向く。

「…別に?好きな男の顔を見に来ただけ」

ヴィヴィは、いつもストレートだ。本能に忠実、とも言うが。
ただ、その眼光は鋭く恋に溺れて色々見失って居ると言う訳でもなさそうだ。
サバサバとした性格と言うのだろうか?
惚れはするが、依存はしない。その意志がヴィヴィを更に孤高の女性に見せる。

「全く…ヴィヴィは気楽だ。だけど俺はヴィヴィの顔を見て少しほっとしたよ」

「えっ?それって脈ありって事?それじゃあさ…」

「いや、ヴィヴィも、俺と同じ不老不死なんだろ?そう言う人物は数える程しか居ないからな」

ブラッドは、ヴィヴィに対して全く気は無い。
だが、不老不死の相手は何年経とうと、何十年経とうと変わらない。
何もかも、だ。それが安心感に繋がる、と言うのは何処かアリアに対する
安堵感にも似て居た。

「…何だ、結局お友達感覚じゃん。喜んで損した」

ヴィヴィは、真っ白な頬をぷくりと膨らませては拗ねて見せる。
それを見てブラッドは微苦笑しながら、己の剣を手元に引き寄せるとそれを石の台に押し付け
刃をゆっくりと研ぎ始める。

研ぎ石に刃を当てると血糊で錆びた部分が削られて行く。

ヴィヴィはその様を大して面白くなさそうに見ては、心の中で呟く。

(あたしの片思いは何時、成就するのかしらね。…ブラッド、どんどんいい男になってるし
恋敵も居るし…ね?)

ヴィヴィは、アリアの事を思い浮かべた。
精霊が、好敵手だなんて。
そんな事ってある?
しかもかなりの強敵。

あーあ、あたしは今まで欲しい物は何でも手に入れて来た。
だけどブラッドは、一筋縄では手に入らない。
どうすればいい?
だけど、簡単に手に入らない物程追いかけたくなる物よ。

『シャッ、シャッ…』

部屋の中に剣を研ぐ音だけが響く、そして雨が降る静かな音も。

奇しくもトライアングルの形を成した恋の行方は、どうなるのか。
それは戦いの果てに分かるのかも知れず。

終わり~

A-6: ようこそ!

©2019 by 蒼の都~スペシャルDays~. Proudly created with Wix.com

bottom of page