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ヴィーナス&ブレイブス~魔女と女神と滅びの予言~

Part4【罪を知らず、穢れを纏わず 】

旧レイラント領、キーディス山脈。
小規模の集団が、吹雪く雪に埋もれながら進んで居た。
雪山越えは、弱い者ならば直ぐに音を上げてしまう事だろう。
女、子供……体力の少ない者から体力と体温を奪われ
足取りを重くして行く。
それでも、女神アリアは厳格な表情を変えず告げたのだ。

「時間を無駄にしたのは貴方なのです、ブラッド=ボアル。
王都に期限内に着かねば災厄が防げず世界は滅ぶのです」

だが、それでもブラッドはその正しいが理不尽な物言いに
反発した。反発しながらも世界を滅ぼす訳には行かないので
こうしてイクサス騎士団を率いて、過酷な環境の中、
ゆっくりと前進して居る。
女神は何時でも正しく、先の出来事が見えて居る。しかし。
騎士団の中にはスクーレの街で仲間として来てくれた謎の少女マユラ、
それから案内役を買って出てくれた幼子のミレイ。
特にミレイは、最初の頃こそ元気溌剌だったが段々寒さに負け
顔を青白くさせながらぐったりと背中を丸めて居た。
騎士団に加わって居る戦士アレフが大きな背中を向けて屈み込み
ミレイに乗れ、と促す。

「だ、大丈夫。ミレイは大丈夫だから……」

心配させまいと呟く声は消え入るように小さい。
倒れ込むようにもたれ掛かって来るミレイを受け止めて
アレフは体重の軽いミレイを軽々と背中に担いだ。

「……ブラッド団長。見ての通りもう限界が近い者が居る。
それでも、まだ急ぐのか?」

アレフは、険しく眉根を寄せては言外に休息を要求する。
男性達はまだ体力が残っている様子ではあったが騎士団には
女性も居るのだ。そしてミレイも。

おそらく、先はまだ長い。
ブラッドの感覚では雪山の中腹までもまだ到達出来て居ない。

「アレフの言い分は分かるが、……世界の存亡がかかっているんだ。
ここで休息を取り時間を費やす訳には行かない。進むんだ」

「団長!」

ブラッドを崇拝に近い眼差しで常に眺めて来たアレフは、その時だけ
初めて非難がましい視線を向けてしまうのだ。

同じく団員であり、冒険者兼吟遊詩人のレオが近くまで来て、
アレフをたしなめる。

「滅びの予言は、必ず当たるんだろ?なら僕達はブラッドに付いて行けば良いだけだ。
そのガキにも頑張って貰う他無いぞ」

ガキと言う所で視線をミレイの方へとやり、その後レオはしかめ面で俯く。
金色の髪にひっきりなしに大粒の雪が落ち、積もって行く。
誰がどうみても、ミレイのような子供が雪山を強行突破するのは無理なのであった。

「だ、大丈夫。私……ブラッド達を最後まで案内するから……」

ミレイは、アレフの背中から滑り落ちるように下ろしてもらうと
大きな黒い瞳で大人達を見上げた。

あどけない瞳は、背中で少し休めた事で煌めきを取り戻して居た。
ミレイは、そのまま歩くと今度は時計塔に住んでいた少女マユラの
方へと歩いて行く。

「マユラお姉ちゃん、大丈夫?」

黒髪に雪の粉を纏わせ、顔面を青くさせたマユラは、少し心配そうな素振りで
ミレイを見た後ニコリと口に微笑みの形を作る。

「ミレイは優しいのね、ありがとう。私は平気よ」

「良かったぁ!」

ミレイはマユラの右手に自分の手をさし延ばしぎゅっと手を握りしめた。
その手はかじかんで居て、氷のように冷たかった。
6歳児のミレイの手は、柔らかくまるでふわふわの綿でも握っているかのようだ。
そのまま、聖女の道と呼ばれる最短ルートを
手描きの地図で確認しながら道から外れないようにしっかり歩いて行く。

ふと、前方から何か大きな音が聞こえた。

「ブラッド、……魔物の気配がするわ」

「任せてくれ、マユラ、ミレイを守ってやって欲しい。手を繋いだまま離さないようにな」

ブラッドは背負って居た長剣をスラリと抜き構えて、戦いに備える。
その脇では、アレフが素早い動作で背丈程もある大きな剣を抜き放ち
レオは戦う手段である竪琴を小脇に抱えて臨戦態勢に入る。
激選された少数精鋭の騎士団の面子も、三人の周囲に集まりフォーメーションを
組んで居た。

「来たぞッ!」

現れたるは、巨大なガス状の魔物、通称アシッドスモークである。
核となる中心部の顔の周囲に黒い煙が渦巻き、それが不気味に大きく広がって居た。

「ゴォォォアア!」

唸り声を上げ、ガスを膨脹させながら瞬時に襲い掛かって来た!

散開して、噴き出す氷のガスをやり過ごした後、ブラッドと騎士団の仲間が
連携攻撃を仕掛ける!
侍が、背後で攪乱目的の攻撃を繰り出しブラッドを援護しブラッドの
剣が核目がけて迷いなく真っ直ぐに
振り下ろされる。
その横ではレオが懸命に竪琴を奏で、音波で攻撃をし上手く
アシッドスモークを足止めして居た。アレフが、追撃をする!

彼らは、難無く攻撃を受け止め攻撃を繰り出しながら
魔物の体力を削って行く。

それを遠くから眺めるマユラとミレイは、せめて邪魔にならないようにと
そろそろと後ろへと移動して居た。
とミレイが、一瞬にしてマユラの手を振り解き、物凄い勢いで前へと飛び出して行く!

「……えっ?ミレイ!?」

「危ない、ブラッド!」

最早、風前の灯と思われたアシッドスモークが、最後の最後でブラッド目がけて
自爆攻撃に近い全力の爆発を仕掛けて来たのだ。

「ッ……!?」

レオ、そしてアレフ、マユラすらもその様子を呆気に
取られて眺めて居るしか無かった。
ブラッドは、腕の一本か足の一本を取られる……、と覚悟して居たが目を瞑ったままの
姿勢で何か柔らかい物が自分の体を覆っているのに気が付く。

それはミレイだった。
小さな体で必死に覆いかぶさり最後の爆発からブラッドを護ったのだ。

「おい、ミレイ!?」

「えへへ……わ……たし、ちゃんと護れたよ……?大事な人を。大好きな貴方を……」

黒い煙が徐々に晴れて行き、魔物は自らの体を散らして霧散してしまった。
状況が分かるにつれて、我に返ったアレフやマユラ達が集まって来る。

「ブラッド……ミレイ……」

誰かが悲しそうに呟いた。

「私……ブラッドと将来結婚するって決めてたのに」

「もう喋るな、ミレイ!……もういいんだ。」

ブラッドが小さな体を抱きかかえて背中に回した手にぎゅっと力を込める。
ミレイの背中は爆風で焼けただれてじゅくじゅくとして居たが、
流れる血が真っ白な雪の上に滴って広がってもそれでも
ブラッドはミレイを抱きしめるのを止めなかった。

「虫さんに伝えて……もう貴方と……遊べないって。ごめんなさいって……。
ブラッド…大好きだよ……わ……た……し……、…………」

だらりと腕が下がり瞼がゆっくりと閉じて行く。

少女は、二度と喋らず、微笑みを見せてはくれ無かった。

普段滅多に表情を変える事の無いマユラが、とてもとても悲しそうに
頬を歪めて居た。アレフは、憚る事無く号泣して居た。
レオは、顔を背けながら肩を僅かに震わせて居た。

「済まなかった、ミレイ……」

ブラッドは、虚ろな表情で俯き、ただひたすらに後悔に苛まれている。
これが、女神の言う正しさなのか?
世界を救う為に、少数の犠牲があってもその少数は無視されるのか?
人の命は……かけがえの無いモノだ、正しき道は必ずしも良き道とは限らない。
それでも、そのまま進まねばならないのか。

罪を知らず、穢れを纏わず……逝ってしまった
蒼白のミレイの死に顔にも雪はどんどん積もり
手で払っても払っても、それは降り積もって行くのだった。


~終わり~


A-4: ようこそ!

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