ヴィーナス&ブレイブス~魔女と女神と滅びの予言~
Part3【昏きに溺れる】
法を順守する人々が住む町。
山間のフェルミナ。
そこでは、顔や指が黒くなってしまった
町人がそこら中で倒れ込んで居た。
「前に来た時はこんなでは無かった筈だが……」
嘆くように呟くのは、ベニツバキ騎士団を率いる
団長のオオクニ=カナタだ。
彼は二代目団長にして刀を扱う事を得意とする侍だ。
オオクニが町を眺め回せば、
負の雰囲気と、病人の臭気で町は酷い有様だった。
一目で疫病に侵された町と言う事が分かり、それは
おそらく『黒死病』と呼ばれる物だろう。
今の所、原因は分からず完治させるような優れた医薬も無い。
オオクニは、騎士団の仲間達の間で神官の女性と
僧侶の男性を呼び出し、少しでも助けになってやって欲しいと
頼み込んだ。そして神官と僧侶は寄合所に詰め込まれている
病人の元へと行き、看護を始めるのだ。
しかし、黒死病は恐ろしい伝染病である。
下手に病人に近づけば自分も感染してしまう恐れがある為、
長くはこの町には滞在出来ない。
「祈りなさい、さすれば来世で救われます……
現世を諦め来世に望みを託しましょう」
黒いフードをかぶり黒のローブを纏った顔色の悪い男が
数人たむろして町を歩き回って居た。彼らが口にする言葉は
どれも諦観の念が漂う物だ。
「あれはネルゴーの案内人か」
オオクニがそう言うと、その横で兄のフウヤ=カナタが
油断なく周囲に気を配りながら頷いて見せる。
「不幸ある所にネルゴーあり、死の匂いを纏わせ厭世観を
撒き散らす。本人達は大真面目に宗教活動に励んで居るのだが
教義はあの通り捨て鉢な物だ。
その布教内容は変容しつつも拡大して居る」
こんなご時世だ、とフウヤは溜め息を付いてその後言葉を付け足した。
「拙者達の役割は、80年後の災厄を回避する事。
しかし今、目の前で苦しむ人を助ける事もまた道なのだ」
「ならば、兄者も寄合所に来てくれるか?」
「勿論参ろう」
オオクニとフウヤは連れ立って、最寄りの施設へと
足を踏み入れる。
中には、大きく症状の進んだ者から軽症の者まで病人で一杯だ。
白いシーツが幾つも床に敷かれ、その枕元には
桶が一つずつ置いてある。ゴホ、ゴホと酷く咳き込み
苦しそうにしている町人の元へオオクニ達は向かう。
側では、先程助けを頼んだ神官のイスタが病人の一人の背中を
擦(さす)って居た。
イスタが言うには、感染の進んだ患者も多く居るので
部屋に仕切りを設けた方が良い事。
そして患者の咳から飛ぶ唾等に触れば感染するので
看病する側はしっかりと後で手を洗う事。体を拭く事。
成る程、と頷いて居ると、ゲェェと桶の中に嘔吐する患者が幾人も居た。
そうして居る内に、先程表にて歩いていたネルゴーの案内人達も
寄合所の中に入って来た。
「苦しむ皆様、今こそネルゴー教に入信しましょう。
大丈夫です、信じて居れば楽になれます。さぁ、さぁ……!」
苦しい時、先が長くない時、人は弱気になり正常な判断を失ってしまう。
震え縋りつく手は、ネルゴーの信者に伸ばされたが直ぐに、ぱたりと
力なくくずおれてしまう。
この病気特有の虚脱感による物である。
そこへ神官イスタが進み出でて、絞った布を患者の額に置く。
そしてネルゴーの信者へと
物腰柔らかく言うのであった。
「この病、移りますので貴方達も危険です。外に出た方が宜しいかと……」
「ご忠告は有難いですが、我々は布教が最優先。病や死等恐れる物では無いのです」
真深にかぶったフードでその表情は良く見えなかったが
何処か、薄ら寒いような平静ぶりだった。
「そうですか、では……」
そしてイスタは、その場から離れ団長の元へと歩いて行く。
「気休めにしかなりませんが、フェルミナの山中で取れる薬草を
集めたいのですが……」
「それでは拙者が護衛として付いて行こう。兄者、この場は頼めるか?」
「ああ、行って来ると良い、待っているぞオオクニ、イスタ」
そしてイスタと二人で寄合所から出て行くと、外で待たせてあった荷馬車から水の入った袋を
取り出し手を濯ぐ。水で濡らした布で軽く腕や顔を拭いた。
綺麗に舗装された道を歩いて山の方へと歩けば、
町を下に見下ろす形となる。
蔓延した疫病のせいか、覆う空気は暗く死臭が漂う。
これらを解決する方法はあるのか?
病魔を元から追い出す為に、我らが出来る事は……
当面は症状を和らげる為に有効と思われる薬草を煎じる事。
疫病の発生を王都ヴァレイの国王に報せ、現状を把握し
医師団を派遣して貰う事。
魔物の襲撃があればベニツバキ騎士団が率先して撃退する。
フェルミナの町の疫病が収まるのはここから更に11年近く先の話となる。
長きに渡る病は人々を疲弊させ、多くを死に至らしめた。
それでもそれ程の深い爪痕を残しながらも、人は逞しく生きるのだ。
細々と慎ましく生きる町人を、ベニツバキ団が見守っていた。
~終わり~