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ヴィーナス&ブレイブス~魔女と女神と滅びの予言~

Part8【リリーの手記】


何時の間にかあの人の背中を追いかけ続けていた。
小さい頃、孤児として修道院暮らしをして居た自分を外に
連れ出してくれたのはあの人。
ブラッド。――出会ってから10年も経たない内に
私は恋に落ちた。ただし、片思い。
20年後には、更に好きになってしまっていた。ただし、片思い。
そして25年以上過ぎた今となっては、私は焦り始めた。
何時まで、彼に操を立てて想い続ければよいのだろう。
彼は不老不死だ、私は三十路の女だ。
昔の、何も知らなかった恋に恋する女ではなくなって居た。


ブラッドは、恋愛に疎い。
私の想いは、少しも気が付かれなかった。
そんな時、何時も側に居てくれたゴーレム山賊団の頃からの気心の
知れた仲間、ガレフ・バルハンが私の事を
好きなのに気が付いてしまった。
ガレフは、凄く無口。
それでも心優しい性格で街に行けば沢山の子供が群がって来る程
好かれて愛されて居る。


――ブラッドに気が付いて貰えなかった些細なお洒落も彼なら
気づいてくれる。
私の心は徐々にガレフの方へと向いて行く。
彼となら、『今』を一緒に歩めるんじゃないかって。
そんな淡い期待、願いも抱きつつ――。


ある日、ガレフに遠乗りに誘われた。
馬になんて乗る機会は少ないけれど、是非にと言うので
私はガレフの前に乗せて貰い、初めての乗馬をした。

「……怖いか?」

ガレフと一緒なら――平気、と言う言葉が自然に出て来て
自分でも吃驚してしまった。
何時の間にかブラッドより、ガレフが心を占める割合が大きく
なって居た事に気が付く。

遠乗りの目的地は、キーディス山脈の端にある、奇麗なレーベル湖。
春の爽やかな風が湖の表面を撫でるように吹き、美しいさざ波が
出来て居た。


「こんな素敵な場所があったなんて――」
「以前、下調べをしておいた」

「連れて来てくれてありがとう!ガレフ。」

明るくそう言って振り向くと、何故か彼はその場で
跪いて居た。
そして大きな体を縮めるようにして恐る恐る、こちらを
見ている。

「どうかしたの?ガレフ」

ガレフは、地面に生えている花を摘み、こちらへ差し出すように
手を上に上げ。

「俺は、ずっと昔から――リリーの事が好きだった。
一度でいい、一度でいいから俺のこの気持ちを受け入れて欲しい」

「……えっ?」

私はビックリして、思わず固まって居た。
でも、数秒後には嬉しい気持ちが心の底から込み上げて来て――

「一度でいい、抱いてもいいか?」

私は、こくん、と頷く。
恥ずかしいと言う気持ちが表に出るより先に、
私を好きで居てくれた
その気持ちが愛おしかった。


私は、二人しか居ない地でガレフと結ばれた。

神官として修業を積んだ私は、戒律の影響もあって
今まで純潔だった。
男女の関係を知った今は
何故か体験済みのそれが

誇らしく、生きている証のように思えた。
その誇らしい気持ちと共に馬に乗って
ブラッド達の待つゴーレム山賊団の根城に戻る。


ブラッドは相変わらず、剣の手入れをして居て
こちらの変化には気が付いてないみたい。


でも、それでいいんだ。
私の心は、何時の間にかガレフに移って居たから。
その事で申し訳ない、とは別に思わない。
私の長い長い片思いはこうして終わりを告げた。
もっとも――朴念仁のブラッドは一生彼への恋心には
気が付かないだろうけど。


それきり、私はガレフとは体を繋ぐ事は無かった。
体の繋がりより、心の繋がりの方が嬉しいから。
ガレフと一緒に居られる時間は楽しく、そして
幸せだった。

三か月が過ぎた頃、私はとある自分の体の変化に気が付く。
食べ物の匂いを嗅ぐと気持ち悪い時があり、そして
月の物が来なかった。

子供が出来たのかしら?
それは、徐々に確信に変わりこっそり、バルクウェイの街の
産婆が居る民家を訪ねる事に。

「懐妊じゃな。めでたいのう」

皺だらけの老婆が、私の体を検査すると目元をくしゃくしゃに
して喜んでくれた。

ガレフの子供がここに――
まだ少しも目立たないお腹を擦(さす)ると
私は嬉しくて、嬉しくて少しだけ嬉し涙が零れた。


その夜、私はガレフと二人の部屋で、妊娠した事を話した。
ガレフは、目を大きく見開きそして私の手を
しっかり握って暖かい笑顔を向けてくれた。

妊娠した事で、私の心境も徐々に変わって行った。
このまま戦いだけの一生を終えるのか?
それは、出来ない。
お腹の子やガレフの為に家庭を築き二人を守りたい。
もう、前線では戦えない。
その数日後に、謎の魔人の襲撃があってゴーレム山賊団は
多くの戦力を失ってしまった。
私の戦友であり大先輩でもあるウォルラスも死んでしまった。

「私、バルクウェイに残ろうと思うの。
ね、ブラッド。私のお腹にはガレフの子供が居るのよ。
今の私には、この子供が何よりも大事よ。だからこれから先は
旅に付いていけないわ。だからここでお別れね」

ブラッドは、分かった――と何気無い様子で頷き承諾してくれた。


最後まで女心が分からず、鈍いブラッド、私の初恋の人――。
でも暖かく私とガレフの事を祝福してくれた。
私は、私の生き方をするわ。貴方に教えてもらった事、貴方の活躍を
将来子供に聞かせるの。――ブラッド。道は違っても、
私達はきっと絆で結ばれて居る。

私は、ガレフの腕に自分の腕を絡ませるようにすると
部屋を後にする。


ここからが私の第二の戦場。

陽光は明るく、眩しく頭上から私達を照らす。
まるで舞台のスポット

ライトみたいに。
ガレフと、私は天を見上げその後お互いへと顔を向けて微笑み合った。


~終わり~

A-8: ようこそ!

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