ヴィーナス&ブレイブス~魔女と女神と滅びの予言~
Part7【霧の中の一夜】
一路、王都ヴァレイを
目指すハイラック騎士団一行。
彼らはかなりの早歩きで歩いて居た。
ハイラック騎士団の団長、冒険者のホーウェン・ジギタリスは
どんどんと暮れてくる空を見上げて団員達にここでの野宿を
指示する。
場所はキーディス山脈の麓(ふもと)だ。
標高の高い山で、秋の頃合いではかなり気温が下がり夜間は非常に冷える。
野宿となると寒さに弱い者は少しの不服を言いながらも
薪を集めようと、林の方へ歩き出した。
その時、
「おや、こんな所に人が?皆さんどうされましたかのう」
向こうから村人の身なりをした老人がゆっくりと歩いて来て居た。
団員の一人、幻術師のオーシーが対応をして居る。
「オーシー達、今カラ野宿。コノ辺、魔物ト野盗、イッパイ。
ココニイルト アブナイ」
「確かにそうですな。では我々の村が近くにありますから
そこで一泊すると言うのはいかがですかな?」
「村アル?ワカッタ、団長ニ 相談スル」
オーシーは枯れ木集めを中断し、団長ホーウェンの所へ
老人と共に戻る。
「ご老人、この近くに村があるのは分かった。
一夜の宿を借りられると言うならば喜んで。
村まで案内お願いするよ」
ホーウェンはにこやかな表情でそう告げると
老人は緩く頷き、
「ではこちらですぞ。村には若い者や子供も居ましてな。
貴方がたのような騎士様だとさぞ武勇伝や旅の話等も
ありましょう。是非聞かせてやってはくれませんかな?」
「それは勿論、宿のお礼に沢山話しますよ!」
暫く林の中を歩き丁度山の麓に村はあった。
先程まではくっきりと鮮明だった景色が不思議な霧で
覆われて白くぼやける。
「霧が、凄いな」
ホーウェンは、辺りを見回すとほぼ霧しか見えず
もしこんな場所で魔物に襲われたら、と気を引き締める。
「防護柵の中ですと、魔物も侵入するまでに時間がかかりますから
そう警戒せずとも大丈夫ですぞ」
周囲を見回し始めた団長に対し、のんびりと老人が話す。
村の入口に入ると、真っ先に気が付き駆けつけて来たのが
背丈の低い少年だ。年の頃、8歳~9歳程の彼はきらきらとした輝く目で
ホーウェン達を眺める。
「久々の外からのお客さんだ!」
「マルク、丁重に騎士様達を迎えるように他の村民に知らせてくれんかね?
今日は一晩じっくり御もてなしをするのじゃ」
マルクと呼ばれた少年は、分かったとしっかり頷き
村の家々を回り騎士団の来訪を知らせて回るべく飛び出していった。
その間、騎士団の面々は老人の家へと案内され旅装を解き、
暖かいお茶を出して貰って一息付いていた。
騎士団とは言っても、大人数では無く僅か14名程の精鋭だ。
老人の家は余裕で14名を迎える程の大きさだった。
薬草茶で一息付く幻術師のオーシーは、ふいにある違和感に気が付く。
老人の方をそっと窺うと、団長ホーウェンにこっそり
告げるのだ。
「オーシー、何故カ 不思議ナ気持チ。アノ老人ハ 幻術ニ近イ
存在感ノ 無サ」
「何を言ってるんだ?そんな事を言ってると茶が冷めるぞ?」
ホーウェンは、笑うとオーシーの言葉を取り合わず手元のコップに入った
茶を飲む。
本来なら幻術のプロフェッショナルである、オーシーの言葉を聞き入れるべきで
あったが、ホーウェンにもホーウェンなりの勘はあったのだ。
敵意が無く、悪意を感じられず――
少なくとも僕らに害を成す存在じゃないさ。と気楽に構えて居た。
一方のオーシーは、笑って躱された事に少しの不服を感じしかめっ面――
と言っても赤い長く伸ばしたぼさぼさの前髪に覆われた彼の
表情は外からは判別しにくかったが――をしながら
黙って様子を探って居た。
「じっちゃん、みんなを呼んで来たよ」
マルクがドアを開けて叫ぶと、後ろから数名の若い男女が顔を出す。
あまりにも少ない、その人数。
村民と呼ぶには4名程しか見えない、しかし彼ら彼女らはにこやかに
微笑み部屋に入ってくるとホーウェン達に気さくに挨拶をする。
「それでは、儂は食事を作ってくるから子供達に
是非冒険譚を聞かせてやってくだされ」
それからの一時間は、ホーウェンを中心に数々の冒険の物語が
語られ少年と青年達は時には喜び、時には固唾を飲みながら話に聞き入っていた。
恐ろしい魔物である、グリュバンとの闘いの話。あわやピンチと言う所で仲間同士庇い合い、
爪と嘴から身を守り苦戦の末、倒した事。
またある話の中では年齢を若返らせる不思議な泉の噂を聞き、遠路遥々
最北西のカントレル山まで赴いた事。
別の話では、猛吹雪が吹き荒れる山岳地帯で雪男のような巨大な動物を
見た話――まだまだ話はあった。
やがて、食事の支度が出来て温かく湯気が立つスープと少しばかりのパンを
振る舞われると団員達にも活力が戻る。
それからまたマルクに話を強請られ、話の続きを再開する。
夜はあっという間に更けて行った。
雑魚寝状態で寝袋に包まり思い思いの恰好で寝ていたホーウェンと団員が
早朝に起きると、そこには老人がただ一人ぽつんと椅子に腰かけ座り
こちらを見て居た。
何か悟ったようなその顔つきを見てハッとホーウェンは気が付く。
足元が透けて居る!
「ご老人、貴方は――!?」
「やれやれ、気が付いてしまったかのう。
勇敢な騎士様に、話をして頂いたお礼として
儂からも一つ話を語るのじゃ。
その昔、強大な魔物に襲われ、防護柵すら乗り越えられ日々助けを待つ村が
ここに在った。村は風前の灯で毎日人が殺されて行った。
助けを求めても助けは得られず、遂に村は滅ぼされ人ひとり残さず
跡形もなく消えてしまったんじゃ。
騎士様、お願いじゃ。儂らの村のように救援が必要な村を、
見捨てず助けてほしいんじゃ。もう二度と、滅びる村が――
無いように――……」
外が明るくなり、朝日が差し込むと老人の姿は霞のように消えて行った。
昨日、確かに話した筈の少年マルク達の姿も何処にも無い。
それどころか、家の外観もぼやけ何時の間にか草が生い茂る平原に
ホーウェン達は取り残されて居た。
「団長、アレハ キット 幽霊。幻ヲ 見セラレタ」
「ああ、オーシーの言葉通りあれは幻だった。でも。
記憶に残る幻だ」
ホーウェンは、思い返して居た。
マルクの輝くばかりの笑顔と、もてなされた茶や食事の温かさ。
老人の最後の言葉を。
「確かにここに村があった事を、僕達は忘れない。
そして――まだ魔物に襲われている町や村はあるんだ。
一度王都に戻り、団員や糧食を補充してから再度遠征に向かおう!」
記憶の中にある限り、それが例え滅びても、失われても
生き続けるのだ――と
そして後悔や失敗を糧にし前に進む力が人間にはあるのだ、と
知って居ればこそ、ハイラック騎士団は今日も進む。
進み続ける。
何時しか濃く広がって居た霧は薄れ、昨日よりも視界はクリアになって居た。
ホーウェンは手早く身支度をすると団員達に出発の合図をし
そして歩き始めた――。
~終わり~