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大正もののけ異聞録

創作小説 其の三 第ニ節
【鴨居俊介と鈴音編~オトシモノ~の巻】

押し問答、である。
心底困っている風な鈴音の姿を確認すると、
鴨居はつ、と席を立ち静かに鈴音の側まで歩き
黙って財布を差し出した。


「それは…!」

 途端に鈴音の目がきらりと輝く。

 「ふ、ふん。待っておったぞ。遅かったではないか。
ほれ、今従者に財布を持ってこさせた故な。払うとしようぞ。」

 さも当然というような顔をして鴨居から
自分の財布をひったくると、何食わぬ顔つきで店員に支払いを済ませる
鈴音だった。

 「助かった。礼を言うぞ。おヌシのおかげであやうく無銭飲食の罪から
免れた。」

にこにこと上機嫌で、甘味処の戸から大手を振って
鈴音が出てくる。
その後ろからぜんざいを食べ終わった
鴨居が続く。

「俊介、是非ワシの家で礼がしたいのだが…来てくれるか?」

 
鈴音のその言葉に鴨居はこくり、と静かに
首を縦に振ると、そのまま鈴音の後ろについて歩いて行った。

 
永乃の繁華街に面した通りに鈴音の家はあった。
こじんまりとした戸板を開けてから中へ入ると
如何にも鈴音が好きそうな雑多な調度品が置かれた
部屋が目の前に広がる。

 
「今、茶を入れるでな。」

 
囲炉裏に火を灯すと、やかんを置いて水を沸騰させる。
そして奥の部屋から急須とティーカップを持ってくる。
側に置いてあった箱を手に取り、
手元に置く。
そのラベルには「ダージリン」と書かれている。
西洋から入ってきた紅茶の茶葉である。

「…紅茶か、ハイカラだな。」

「ふふ、そう褒めても何も出んぞ。
ワシはこの味が大好きでの。
もっとも猫舌じゃから熱い内は飲めぬが…
おヌシは、是非熱い内に飲むといいぞ。」

やがてシュウシュウという蒸気と共に、
やかんの中の湯が沸騰すると、
それを慎重に持って、茶葉をいれた急須の
中に注ぎ入れる。
ふわ、と言う紅茶独特の香ばしい香りが
部屋中に広がる。
そうして四分程経っただろうか。
急須の中の紅茶をティーカップの中に注ぎ入れ、
笑顔で鴨居に差し出す。

ふぅ、と少し息を吹きかけつつ、
ゆっくりとした動作で紅茶を飲んで鴨居は
一言言った。

「…美味い。」

「そうじゃろう、そうじゃろうとも!
何しろワシは紅茶の淹れ方には、こだわっておるのだ。」

 
胸を張って鈴音が自慢そうにそう答える。

 
「で、お前は猫舌か。…猫だな。」

 
面白げに、そう感想を述べる鴨居。
それに対してまんざらでも無い、と言う顔をして頷く鈴音。

鈴音の前には、湯気の立つ紅茶。冷めるまでにそれなりの
時間がかかるだろう事は想像出来る。鴨井が紅茶を飲むのを
嬉しそうに見つめながら鈴音は笑ってみせる。

「冷めても紅茶は美味いのじゃ。」

こうして、和気藹々(わきあいあい)と談話をしながら楽しい時間は過ぎていく。
部屋の中で黒猫が障子の隙間から出てきて、
にゃあーんと一つ鳴いた。
今日も永乃は平和であった。

 
~終~

3-2: ようこそ!

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