
ヴィーナス&ブレイブス ~魔女と女神と滅びの予言~
Part1【シロツバキ騎士団の日常】
同じアクラル歴を冠しながらもそこは別の世界。
鏡に映したように、全く同じ町並みを見せながらも
そこに住まう人々は並行世界に起きた災厄を知らない。
だが、彼らもまた「世界の危機と戦って」居た。
100年の間、自分達の騎士団を維持させながら。
これはブラッド・ボアル達が生きた世界と違う世界の
エピソードである。
ティゴル谷。
水上都市スクーレの街から南の方向に森を進んで行くと
それはすぐに見えるだろう。
一見すると深く険しい谷、人すら住んでいないようにも見えるが
谷の出口に小さな村落がある。
深い霧に包まれたそこでは細々と村民が暮らしを立てていた。
主な特産品は、木彫りの置物と質素な物で住民の素朴な暮らしを垣間見せる。
シロツバキ騎士団の4代目団長エメラダ=アチェスはとある噂話を酒場で得て
ティゴルの村へとやって来ていた。
何でもここに、強力な道具の引き取り手を探す人が滞在していると言う。
神官である団長エメラダは早朝に村に着くなり、欠かした事の無い朝の祈りを捧げた後に
その人物を訪ねる事となる。
村の人に案内して貰い、赴いた先は小さな木造の民家だ。
ドアを開けると、木の良い香りがした。
「すみません、ここに蛇の瞳があると聞いて……」
エメラダは、人当たりの良いつつましい笑顔を見せながら中に居た老人に
話しかけるのであった。
「確かに噂を流したのはワシじゃ。せっかくの代々引き継いで来た家宝、継ぐ者がおらぬで
困っておったのじゃ。
それで、どなたか渡すに相応しい者に委ねようと思うてのう。
失礼じゃが、貴女は何処の何者じゃ?」
足が悪いのか、椅子に座りながら白髪、髭を蓄えた老人はそう言ってみせた。
椅子と対となるテーブルの上には、宝が置かれている。
エメラダは、老人の言い分を聞き、己の素性を説明するのであった。
即ち、自分は魔物を退治して回っているシロツバキ騎士団を代表する身である事を。
「なるほどのう、噂のシロツバキ騎士団に使って貰えるなら申し分の無い話じゃ。
ささ、受け取ってくだされ。」
テーブルの上に置かれた「蛇の瞳」は精巧な作りのオーブで
金色に輝く台座の中にオレンジがかった明るい赤の宝玉が収まっている。
輝く宝玉には随分と大きな魔力が感じられた。
それを手に取り、
「有難う御座います。長く大切に使わせて頂きます。」
エメラダは、両手で大事そうにオーブを抱えると老人に深くお辞儀をするのであった。
老人は、目を細めてその様を見ると一つ大きく深く頷くのであった。
そして、エメラダ達は直ぐにスクーレの街へと引き返す事とする。
谷を抜け街に着く頃には既に辺りは暗く夜になっていた。
騎士団の面子は、スクーレの街で滞在する間は仮の宿として定めている
石で造られた廃墟跡で暫しの休息を取る事にしている。
そして、エメラダは騎士団を構成する一員で魔女のニーベルカ=アルウェリンを
自分の元に呼ぶ。
「ニーベルカ、貴女にこの道具を使って欲しいのです。」
「自由に使っても良いのね?任せて。次の戦いで大活躍して見せるだわさ!」
年若き魔女は自信の程を口にすると明るく笑った。
手の中には既に受け取った赤く光る蛇の瞳が収められている。
ニーベルカは台座に刻まれた文字を確かめた。
どうやらこのオーブには相手を石化させる魔力が込められているらしいと
気づくのは、とある蛇の伝承にちなんだ言葉が書かれていたからだ。
蛇の伝承。それは精霊の怒りを買って頭に生えた髪の一本一本が全て蛇となり
その恐ろしい姿を見た者は石と成り果ててしまうゴルゴーンと呼ばれる女性の伝承。
(この道具の扱いは、慎重にしないといけないわね。)
ニーベルカは、皆が寝る支度をしている間にこっそりと南の水路へと
出かけるのだ。
戦いの優劣と明暗を一瞬で分けるであろうこの強力な道具の効果を少し試して
見たかったのだ。
丁度、水路ではコモリガエルの大合唱が行われて居る。
水路の柵の下の草が生い茂っている箇所に、一匹の大人のこぶし大のカエルが隠れているのに
気が付くとニーベルカはオーブを持った右手を前へと静かに突き出し
『発動』の呪文を唱える。
唱える際には、自分の持つ魔力を僅かに乗せて。
対象は、足元のカエル。
蛇の瞳は妖しく輝くとオーブの表面に爬虫類か蛇の瞳孔を思わせる様な
縦の筋がくっきりと現れる。
30秒後に、効果が表れたちまちにカエルの体の表面が硬質なそれへと変化して行く。
そして足下には一体のカエルの石の置物が出来るのだった。
「カエルさん、ごめんだわよ。直ぐに元に戻してあげるから!」
カエルは魔女のシモベなんて言う言葉もあるように、彼らは切っても切れない関係なのだ。
時には惚れ薬の材料にカエルの脂汗を使うと言う話もあるけれど
基本は友好的な関係。
ニーベルカもその例外では無い。
ゆっくりとその場で屈み、石化カエルを左の手で軽く撫でる。
するとカエルは徐々に元の色に戻って行き、ついでに吃驚したようにその場で
ぴょん!と大きく跳ねると一目散に逃げ去って行った。
それを微笑ましく見つめると、改めてこの蛇の瞳の秘める力の大きさに気が付く。
石化をした魔物には間違いなく大きなダメージを与えられるし相手の身動きが取れないので
こちらへの被害も最少になるだろう。
「ふふっ♪」
にんまりと大きく口元を釣り上げると、ニーベルカは自分の活躍する様を想像して見た。
悪く無い。
ああ、そう言えば…とそこで彼女はもう一つの事柄を思い出す。
蛇に睨まれたカエルは、身動きが取れなくなると言う事。
カエルを実験台に使ったのは偶然かもしれないが、正しく天敵とも言える
蛇の名を冠したオーブが極めて最大の効果でカエルに効いたのは明らかだった。
その後暫く、水路の近くの茂みの中に座り込んでカエルの鳴き声を聞いていた。
「あんまり遅くなるとみんな探しに来るかもしれないわね。」
程良く、時間が経つと自主的に廃墟跡へと戻り何食わぬ顔で皆と共に
眠りにつくのであった。
<終わり>